アート日和 from Niigata -アトリエZen-

新潟県長岡市で発行している月刊フリーマガジン「マイスキップ」連載の同名コラムのブログ版です。主宰するアトリエの企画展情報をまじえながら…

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アトリエZen 展覧会案内
infomation

2019年後半期にアトリエZen主宰がコーディネーターとしてたずさわる展覧会/2019.9.3記

アトリエZen企画展
エックス展 Ⅹ -若きクリエイターたちの自由表現-
http://atelierzen.blog.fc2.com/
blog-entry-5200.html

会期:12月12日(木)~12月22日(日)/18日(水)は休廊/ 会場:maison de たびのそら屋(長岡市)

三上喜貴 賀状版画作品展(at WASHIMA TOUT LE MONDE)
http://atelierzen.blog.fc2.com/
blog-entry-5189.html

会期:11月1日~2020年1月26日、休館日にご注意ください/会場:和島トゥー・ル・モンド 2階



長岡小嶋屋“蕎麦×アート” 蕎麦店内壁面をアートで彩ります。
CoCoLo長岡店
~2019年1月6日まで: 後藤裕子〓終了しました〓
1月7日~3月10日まで:
信田俊郎〓終了しました〓
3月11日~5月19日まで:
海津千並〓終了しました〓
5月20日~7月21日まで:
安立貴美枝〓終了しました〓
7月22日~9月23日まで:
長谷川恭子〓終了しました〓
9月24日~12月1日まで:
高木秀俊〓終了しました〓
12月2日~2020年2月2日まで:
角屋 幸〓展示中〓

銀座ニューメルサ店
(銀座5丁目、ニューメルサ8階)
銀座ニューメルサ店は2014年12月20日をもって閉店となりました。

蕎麦店内の壁面を使っての展示となりますので、来場時にはワンオーダーをお願いします。アートの織り成す時間と空間を、美味しいお蕎麦とともにお楽しみください。
そばがきといった蕎麦店特有の和風スイーツや、コーヒー等の喫茶メニューもあります。 CoCoLo長岡店:ティータイムのデザートセットの例。(コーヒー315円)


ラ・ボントーン(長岡の人気のパン屋さんのなかに絵を飾っています)
現在の展示宮島朋明(鉛筆画)
展示案内



小冊子「外山文彦・CANVASシリーズ」、発行しました。



■舟見倹二・作品カタログ販売中
封じられた世界から
~舟見倹二BOX ART

メールでご注文ください。
詳しくはこちら↓
http://atelierzen.blog.shinobi.jp/
Entry/212/

舟見倹二・作品資料集「版の軌跡1976-2011」(2011年11月発行)

【作家ファイル】
外山文彦 CANVASシリーズ



エスクィント閉店のお知らせ↓
http://atelierzen.blog.shinobi.jp/
Entry/172/


記録

-Canvas- 外山文彦展
2017年6月10日~7月9日/ギャラリー空華 <記事index>

現代美術展「地下光学」 index↓
http://atelierzen.blog.
fc2.com/blog-entry
-3742.html




CANVAS 外山文彦展
2016年10月1日(土)~10月9日(日)/CoZAの間(横浜市港南台) 記事index:
http://atelierzen.blog.fc2.
com/blog-entry-3679.html


弥彦・野外アート展

10th 弥彦・野外アート展2019 -ファイナル・ステージ-〓終了しました〓
記事index:
http://atelierzen.blog.fc2.
com/blog-entry-5193.html


お知らせ

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長岡小嶋屋「CoCoLo新潟店」、2015年1月新装オープンにあわせて信田俊郎水彩作品を飾りました。
http://atelierzen.blog.fc2.com
/blog-entry-2886.html




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■ 2014.1.20
アトリエZenのHPができました
http://atelier-zen.jp/


30年前のDM


約30年前の展覧会案内ハガキ。 1988年の、季節もちょうど今頃。来年だったらちょうどピッタシ30年前でよかったが、たまたま出てきたということでフライングで載せてみた。
10年前のDMをアップして「10年ひとむかし」なんて先月は書いていたが、さて30年前となると何と呼ぶのだろう。会場のギャラリープロムナードは当時長岡唯一の本格的ギャラリーだったが今は無く、英文スペルの誤りは30年前のご愛敬といったところ。

十年一昔であること、ウィリアムモリスでの五十嵐祥一展と所蔵作品

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10年前のDMである。
「2016年の回顧」なんてやっていると、さて10年前はどうだったのか、などと考えたくなった…というわけではまったくなくて、年末の掃除中、資料を整理していた際ふとあらわれたハガキ。2006年、東京渋谷のウィリアムモリスでの五十嵐祥一展である。

急逝した氏に対し新潟絵屋でこの前年に追悼展を企画開催したが、こちらはその東京展。ちょうど「10年」前だという偶然で載せてみようと思った次第だが、しかしもう10年かというよりも感覚的にはもっと以前の感じがしている。十年ひとむかし、である。
ちなみに上のDM中、左の作品はアトリエZen所蔵。

阪本文男没後30年回顧展


阪本文男没後30年回顧展
会期:6月7日(火)~13日(月)/会場:横浜市民ギャラリー

だいぶ以前のblogに書いていたのだけれど、阪本文男氏が亡くなる前年に私は会っていて、まだ学生でしかなかった自分に対し、(私の作品への)批評を驚くほど好意的にしてもらっている。没後30年回顧展というタイトルでそれからもう30年過ぎたと気付く。あのころは油絵を描いていた。

ローマ画廊と30周年

展覧会を控え自身の作家資料を見直していた。
個展スケールでの最初の発表は1985年、東京蒲田のローマ画廊での二人展だったと今更ながら思ったが、そこを作品発表活動の基点とすれば今年は30周年にあたっていた。そんなことはすっかり数えもしないでいた。
学生時代から延々としつこくやっている平面のシリーズは3年前、続けていたら四半世紀だったことで記念冊子を制作したが、今度の30周年は失念していたから特に予定がない。3年前のその冊子の在庫が底をついたので、増刷しようかというのがせいぜいである。

蒲田のローマ画廊は、蒲田駅前にあった4階建てくらいの大きな喫茶店(喫茶ローマ)に併設された画廊で、喫茶店の壁ということではなく、入口脇5段くらいの階段を下りたところに独立して設けられた半地下のそこそこ広いスペース。 昭和ティストがふんだんに漂っていた本体の「喫茶ローマ」含め、30年も経つと聖地巡礼的な訪問にとても興味をひくが、今はもうビル自体もなくなっているらしい。
画廊の展示のほうは基点だけあって写真を手元に残しているが、「喫茶店ビル」の外観は撮ってないのが今からすると残念。当時はそういう建築外観に今ほど興味を持たなかったのかもしれない。外観もたしか特徴的だったはずと思うけれど、その程度でしか覚えていない。

掃除の最中とちょうど20年前のカフェギャラリー

年末の掃除をしていたら、ちょうど20年前の「ギャルリ・ド・カフェ伝(Den)」の写真が出てきた。東京の世田谷、小田急線・経堂駅の近く。経堂の同スペースは好きな空間だったが今はもうなくなっているからと、(掃除の最中だったのに)スキャンして掲げてみた。
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壁面には外山文彦作品、連作。現在でいう「CANVASシリーズ」の初期作品だけれど、このときの作品タイトルは違うものだったはず。
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カウンターには「ピンク電話」。ピンク電話って言っても、いまの若い世代だともう、わかんないよね。
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なぜか経堂駅のホームの写真も残っていた。当時はデジタルではなくネガフィルムだから、こういう無造作な撮影は逆に貴重かも。このホームは作り直されたから、こちらも今はもうなくなっている。

ナガオカナ夜に

15年前、1999年のこの時期に(故)五十嵐祥一さんの作品展を企画開催した。コソボ紛争でNATOによる空爆があった年で、展覧会コメントにもそれが触れられていた。「傷は相変わらずガーゼで包まれるだけ」なのは、ウクライナ情勢やイスラエル問題など見るにつけ、15年後のいまも変わらない。
氏は「悲惨な時代の対極にかろうじてバランスをとろうと」ガーゼを作品素材にしたが、さて今だと、あるいは今なら、どうバランスをとればいいのだろう。そんなことを考えていた。そもそも時代がそれを可能にさせるかどうか、そんなここ数年のいささか危うすぎる前提状況がある。ナゴヤカに乾杯が出来る朝、という志向(思考)は果たして可能だろうか。

(2014.8.15)




ナガオカナ夜に1999
会期:1999年8月17日~9月4日/ 会場:カフェ&ギャラリーZen

8-103p.jpg …【前略】…
(今回の個展作品は)妻とのコラボレーションにした。作品作りは会場とのコラボレーションでもあり、その2×2の刺激合いがどんなかたちになるか、愉しい作業だ。若い頃(?)は俺が俺がと自分の中心に真実があるとばかりに、下手をすればコミュニケーション不能の袋小路にはまりがちだった。こんなふうにコラボレーションを愉しんでいるには、少しは成長したのかもしれない。
作品にはガーゼを使うことが多かった。ちょうどコソボ問題でNATOによる空爆が始まっていた。多くの人々が最新兵器にやられ、傷つき死んでいった。殺す技術は発展するが、傷は相変わらずガーゼで包まれるだけだ。そして、このやりきれない心の痛みも、せめてガーゼを当てるしかない。もちろん作品で戦争を止めさせることなどできはしないが、悲惨な時代の対極にかろうじてバランスをとろうとしている。
なごやかな、ナガオカナ夜に乾杯をしよう。

(五十嵐祥一)



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8月7日 朝日新聞より

10年前の野外展の記録

さて10年前の今日はなにがあったかというと、かつての案内葉書を見ていて気付いたのだが、「報告111日の記録」と題した展覧会がスタートした日であった。
そのころおこなっていた「Nのための食卓」と題した野外アート展の第2回、寺泊海岸編の「記録報告」展である。 今でこそ県内でも各地で多く開かれるようになった野外展だが、当時はまだ珍しく、かつ、ユニークな企画コンセプトも特筆されるべきもの。だから、ちょうど10年前の資料として掲げてみたく思った。
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とは言ってみたものの、この第2回展&報告展については手元に写真資料がまったく残ってなく、今あるのは展覧会DM(↑)1枚と、そこに記された文面だけ。なので、「断片から…あるアートの試み」と題したその案内文を下に転載した次第。
展の企画は美術家のSさんで、私は協力者&参加作家のひとりという立場だったが、同展の面白さを俯瞰的に記しておきたいと、ここでの文章は私自身が書いている。文中では第1回展についても触れているが、その「守門岳編」については写真も残っているので、そちらは後日アップするかもしれません。
また「野外展の写真で構成」とも書いているが、 実際には野外作品の「杭」そのものを、天井の高いギャラリー沙蔵の蔵空間に吊り下げて展示(再配置)したというもので、写真展ではなく空間を駆使したコンテンポラリーアート展にまで昇華した。
「遠方の野外だけでやっててもナンだし、近くの画廊で記録報告でも」というのがたしか発端だけれども、単なる“記録写真展”ではさすがに終わらなかったということで、そちらもあわせて特記。

報告111日の記録~Nのための食卓・寺泊展~
会期:2004年1月5日~21日
会場:ギャラリー沙蔵 1階【長岡市】


断片から…あるアートの試み

「Nのための食卓」なる野外アート展がある。
「N」とはnature(=自然)のN。『私達をとりまいている〈自然〉』に対して作品を見せるという風変りなコンセプトであり、お見せするターゲットして第1回展が秀峰・守門岳、第2回展が寺泊海岸での夕陽が選ばれた。作品設置会場の選定はターゲットに対しての好適地という観点を重要視し人が見に行きやすいという理由は鑑みないなど、かなり趣が異なっている。
5-646-p.jpg会場には1作家1本の細い杭を立て、その上に各々の作品を置いている。作品自体のサイズは杭の細さにより概ね決定されるが、個性的な杭が次第に増え林立していくさまは周囲の人々に対してさえも驚きをもたらした。花を生けるかのように杭が作品化して立ち並ぶ風景は大地自体が大きな器のようであるが、まるでお供えものであるかのように、それらは自然に立ち振る舞う。自然との対峙または調和、あるいは協調することにより新しい美を創造するといったことはこの野外展の志向にはないようで、Nに対するスタンスは特徴的である。
季節の移り変わりを含め、環境の変遷と共に生じる展の表情の変化など、ロングスパンの野外展ならではの興味深い点もある。思えば豪雪地区での第1回目の展覧会では降り積もる雪に、高く掲げられたはずの作品は次第に埋もれていった。いくつかの作品は完全に埋まりながらも雪上のわずかな膨らみだけで作品の存在を示し続け、その経緯などある意味ドラマチックであった。断片的な記録にすぎないが、立場をNにとれば貴重な記憶であるともいえる。
今度のギャラリー沙蔵での展覧会は、昨夏から冬にかけて寺泊海岸で開催された第2回展の報告展の意味合いを持たせ、その会期111日の写真などで構成される。
断片の集まりである本展が、一風変わった野外アートについて雄弁に語っているか否かは鑑賞者の判断にお任せするにしても、興味ある試みであることには違いないようだ。

(2004年1月5日)


Nのための食卓・展 小史
・2002年9月~
   2003年3月
第1回展  
  
栃尾市軽井沢・公道脇の減反地で
「守門岳」に向けて開催
県内9作家出展
 
・2003年2月11日~22日
 
長岡市カフェギャラリーZenで
第1回展の報告展開催
記録写真350枚
 
・2003年9月~12月
 
 
第2回展
 
 
寺泊中央海水浴場の骨董品店「ぷ
ろぽぜ」 の庭先で「日本海の
夕日と潮風」に向けて開催
県内17作家出展
 
 

分厚い美術手帖と完全限定版フィギュア

10年前が云々カンヌンと最近少し古いことを備忘録的に書き出しているのだが、こちらは10年前の「美術手帖」。2003年10月号である。

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創刊55周年記念として、海洋堂制作の村上隆完全限定版フィギュアが特別付録でついてきたので、保存していた。付録といいながらも、本体の美術手帖よりも分厚く、あわせて約3倍。エディショナルナンバーまでついている。
まだ未開封のままだけど、プレミアがつくのかどうか。

10年前の画廊喫茶と、はなぞのカフェ

10年スパンでこれまでの活動を振り返ってみたい、などと二日前に書き、今日はご丁寧にも、Series「約10年前のこと」なんていうカテゴリーまでとりあえず(※あくまで、とりあえずです)作ってしまった。
10年前といえば、その年まで長岡市内で運営していたカフェ&ギャラリーZenの閉店というのが一大トピックであり、今年の前半くらいにも、十年一昔と思い出したかのように当時の写真をアップしていた↓。
http://atelierzen.blog.fc2.com/blog-entry-1772.html

で、同店に関することをまず何か記そうかと思ったのだが、五十嵐祥一さんが2001年の周年記念冊子に書かれた「はなぞのカフェ」という文章が出てきたので、そちらを転載することにした。
氏は2004年に44歳の若さで(舌ガンで)急逝されたのだけど、最後に会ったのが、私が企画し、参加出展していただいた2003年「トシワスレ展」(at ギャラリー沙蔵)だから、ちょうど10年前。
そのとき本人はすでに自分の病気のことを知っていたと、亡くなられたあとで奥さまから聞いた。2003年の展覧会で私に対して最後に言った言葉は、特に凝ったものではまったくなかったし、そのときのそんな事情なんて知らなかったからふつうにスルーしてもよさそうな言葉だったのだけど、不思議に心にずっと残っていて、今でも覚えている。実に不思議だけど、案外そういうものかもしれない。
なんて言ったのかは敢えて書かないけど。

久々に氏の文章に触れ、「鼻園アート展」なんていったところを、企画してみたい気分だ。



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はなぞのカフェ

五十嵐祥一


ハナこそ人生を解く鍵ではないかと、41年目の人生でその謎解きに成功したすがすがしい日々を送っている。
それは、先日の地下鉄で商談に向かう途中、新しい仕事を手掛ける不安をかかえていたときだった。頼れるものは鞄の中のマニュアルでもなく、自分の鼻だけしかないと気づいたのだった。だれのものでもなく自分自身の鼻があるという事実、そしてからだの、一番先端にあり、人生を切り拓いていく舳先のようなのだ。風が鼻で分れて体をすり抜けていった。
この発見に嬉しくなり、今春、幼稚園にはいる娘に、「人生は鼻が肝心なんだ、ケンカするときも口唇ではなく鼻をとがらせるんだよ」と教える。娘は「じゃあケンカしよう!」といって鼻と鼻のとっくみあいになってしまった。娘は遠慮がないので結構強いのだ。

今、私は東京のコーヒーショップの混雑の中で、長岡のカフェギャラリーZenのことを考えている。あの店では、「僕の鼻はとんがっていたなぁ」と思い出す。窓ガラスを通過する陽光、コーヒーの匂い、食器や集う人々の声、音楽と壁の絵たち、それらが混沌と、しかし美しくひとつに調和して、私の鼻の先に一瞬止まってすべっていく。そのすべり具合もまたよかったのは、鼻の油のせいだろうか。喫茶店は、こんなふうに自分の鼻をとがらせる場所なのではないだろうか。そして、その先っぽに小さな花が咲くとき、人生の意味を手にできるかもしれない。
そんな「鼻園」であり続けて欲しい。

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10年スパンで考えることと約10年前の写真

昨年のちょうどいま頃、25年前からの自作シリーズ作品について小冊子にまとめた。

そのときは、25年前というと「四半世紀だよなぁ」という言葉の響きの「重さ」に、軽い気持ちで(印刷会社から安価なオンデマンド印刷を勧められたこともあって)制作してみたのだが、残部がほとんどなくなったことを機に、再度、その内容をつぶさに振り返ってみると、面白い気づきがあるものである。 特に意識していなかったが、1993年2003年と10年スパンで制作活動の節目を迎えていたことが見てとれた。さらにその前の1983年も(小冊子には記載してないが)画家を目指そうと思える作品を生み出した大きな節目の年だったし、今年の2013年も制作活動的には、たぶん節目になりそうだ。
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今年は新潟県立近代美術館が開館20周年だったり、知り合いの都内ギャラリーが20周年を迎えたなど、周年企画が廻りで相次いだこともあるが、もともと昨年あたりから、10年前とか20年前とかのいわゆる周年的なところの興味があった。
だから、この機会にこれまで自分がどんな作品を創りどう活動してきたかの検証を、10年をひとつのキーワードでしてみたいと思っている。いまは新しい作品を生み出すよりも、そちらを優先できればという気持ち。新作個展の予定もとりあえずないしね。

ということで時間をみては10年前ごろの写真を探したり整理しているのだが、いったん探す気になると(自分でも忘れていた)写真が出現したりする。

右はそのひとつで、中越地震直後の壊れかけた雁木の緊急補修の風景。 応急的に耐震材(ブレース)をありあわせの木材で組み入れたさまが、アーティスティックに感じてしまい、思わず写真に撮っていたもの。
当時連載していた情報紙コラムに「アートのある風景」という写真をときたま載せていたが、さすがに被害の甚大さの前には「アートですねぇ」などと呑気に言えるわけもなく、そのままお蔵入りになっていたのだった。

ちなみに中越地震は2004年なので9年前。「約」10年前の写真となります。ちょうど10年前の展覧会写真なども、今後適当にアップしたいと思っています。
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10年前のカフェギャラリー

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かつての「カフェ&ギャラリーZen」の写真である。可能なものは少しずつアップしていこうと思っているが、今回載せてみたものは同店最後の「貸し」ギャラリー扱いでの展覧会。市内在住の写真愛好家ちばさんの初個展、「弥彦山写真展」である。
2003年3月だからちょうど10年前。数日前のブログで「(このころよく来店していた小学生が)十何年ぶりかに訪ねてきた」と書いていたが、ちゃんと数えたら、というか資料をきちんと出してみたら閉廊から「ちょうどピッタシ十年」であり、テキトウに書いてたらうっかりサバ読み過ぎであった。

ちばさんから個展をしたい旨の打診を受けたのは割と急で、3月いっぱいでの閉店も決まりそこまでの展示予定も固まっていたとき。だから最初は断ったのだが、「この店で初個展をすることをずっと目標にがんばってきて、ようやく作品の目途がついた。なんとかならないか」と熱く言われ、ではそれならと、店内最後の展示となる画廊企画を当初予定の3週間から2週間に変更することにして、その1週間で開催してもらったわけである。
「ぜひここでやりたい」という熱意に押されたかたちだが、初個展を最後にお世話出来たのも店としてよい記念。熱心な「ファン」の方に飾ってもらえて、とてもよかったと思っている。また、同氏の個展はこの初個展を皮切りに回を重ねていて、昨年の近代美術館ギャラリーで28回となっているが、その間、昨夏の新潟市美術館の展示をはじめ何回か私のほうでもお手伝いさせていただいた。タイミングとしたら間一髪ギリギリの出会いだったから、面白い縁だと思うことしきりである。
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入口にはボックス・ギャラリー


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↓は、ちょっと余談めいているけど、芳名帳を置いていた台。
昔のテレビ(40年くらい前はテレビは重厚な家具だったんですね)のブラウン菅をはずしてベニヤ板でふさぎ、台として使っていた。テレビ自体は内装業をしていた常連客で高校後輩のTくんが、仕事絡みで手に入ったからといって持ってきたもの。
店によく来ていた大学生に「これ、元は何だったか?」と、そのころクイズのように出してみたこともあるが、正解者はいなかった。いまのテレビからだと、たしかに想像もできないからね。
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以上、別にノスタルジックにひたっているわけでもないが、今月で10年だと気付いたので掲げてみた。十年一昔ではある。

20年前のコラボレーションと現存しない作品

1992年、そのころ新潟市内にあった「創庫美術館」で開催された若手作家展から。
佐藤裕子さんの染色作品がインスタレーション風に空中に吊るされていたのだが、その作品のなかに入りこみ、布の隙間から狙って撮影した写真である。遠く壁面に展示されている二つは私の作品で、写真撮影は、故・五十嵐祥一さん。
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なぜ20年も前の写真をアップしたかというと、
昨年の暮れに観に行った佐藤裕子展(ギャラリーゆうむ)では、氏の工房開設20周年記念と案内されていたのだけど、そういやぁ20年前といえば創庫美術館の同期生だったねぇとそんな話に花が咲き、当時のコラボレーション写真が残っていることを思い出したから。ぢゃあ探して写真送るね~と言っておきながら、年末年始のせわしさですっかり延び延びになっていた。
だから特に意味があるわけでもないが、ただ、私のこの作品は(いま見ると出来も面白いのに)解体してしまって現存してないから、貴重な写真ではある。ちなみに創庫美術館のほうは閉館して20年近くになるけど、建物自体でいえばこちらはまだ現存しているから、面白いというかなんというか。

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プロフィール

長岡市在住,アトリエZen主宰。
美術作家。同アトリエをベースにアートイベントの企画・コーディネートにたずさわっています。また、長岡で発行している地域情報誌「マイスキップ」の編集にも関わっています。
【アトリエZenの業務内容】

■連絡はこちら↓
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