アート日和 from Niigata -アトリエZen-

新潟県長岡市で発行している月刊フリーマガジン「マイスキップ」連載の同名コラムのブログ版です。主宰するアトリエの企画展情報をまじえながら…

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外山文彦作品記録集(2020年編集版)_2020年10月発行/
郵送にて販売中です
詳細↓
https://atelier-zen.jp/toyamasassi.html

アトリエZen 展覧会案内
infomation




長岡小嶋屋“蕎麦×アート” 蕎麦店内壁面をアートで彩ります。
CoCoLo長岡店
~2024年1月8日まで:舟見里留

銀座ニューメルサ店
(銀座5丁目、ニューメルサ8階)
銀座ニューメルサ店は2014年12月20日をもって閉店となりました。

蕎麦店内の壁面を使っての展示となりますので、来場時にはワンオーダーをお願いします。アートの織り成す時間と空間を、美味しいお蕎麦とともにお楽しみください。
そばがきといった蕎麦店特有の和風スイーツや、コーヒー等の喫茶メニューもあります。 CoCoLo長岡店:ティータイムのデザートセットの例。(コーヒー315円)


ラ・ボントーン(長岡の人気のパン屋さんのなかに絵を飾っています)
vol.53/~2023年12月17日まで:中川采花 展示案内



小冊子「外山文彦・CANVASシリーズ」、発行しました。



■舟見倹二・作品カタログ販売中
封じられた世界から
~舟見倹二BOX ART

メールでご注文ください。
詳しくはこちら↓
http://atelierzen.blog.shinobi.jp/
Entry/212/

舟見倹二・作品資料集「版の軌跡1976-2011」(2011年11月発行)

【作家ファイル】
外山文彦 CANVASシリーズ



エスクィント閉店のお知らせ↓
http://atelierzen.blog.shinobi.jp/
Entry/172/


記録

-Canvas- 外山文彦展
2017年6月10日~7月9日/ギャラリー空華 <記事index>

現代美術展「地下光学」 index↓
http://atelierzen.blog.
fc2.com/blog-entry
-3742.html




CANVAS 外山文彦展
2016年10月1日(土)~10月9日(日)/CoZAの間(横浜市港南台) 記事index:
http://atelierzen.blog.fc2.
com/blog-entry-3679.html


弥彦・野外アート展

10th 弥彦・野外アート展2019 -ファイナル・ステージ-〓終了しました〓
記事index:
http://atelierzen.blog.fc2.
com/blog-entry-5193.html


お知らせ

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長岡小嶋屋「CoCoLo新潟店」、2015年1月新装オープンにあわせて信田俊郎水彩作品を飾りました。
http://atelierzen.blog.fc2.com
/blog-entry-2886.html




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■ 2014.1.20
アトリエZenのHPができました
https://atelier-zen.jp/


2024 SPRING EXHIBITION「Restart」から

21-162b800 左余白付 2024 SPRING EXHIBITION -Restart-
会期:4月1日(月)~4月14日(日)
会場:maison de たびのそら屋 【長岡市】
出展/
LICACO(版画)、 今井リエコ(絵画)、 筒井早良(絵画)、 不破妙子(漆)、 小山紀子(写真・インスタレーション)

DMに記載されたギャラリーからの案内文には「その道の続きを見たい若き5名の作家の展覧会」とある。
“若き”と提示された5名のうち小山紀子さんは長岡造形大学をこの春卒業、同大大学院に進学されたかた。2月におこなわれた卒展で作品を拝見していて、作品近くに居た彼女とも話をしていた。4月のこの企画展に(卒展でのインスタレーション作品を)出展すると聞き、インスタレーションは場との関係が大きくあるから、設置場所が「大学内の一室」→「大きな窓を有すギャラリー空間」となることでの作品の変容はどうなるかなんて話の展開もあり、興味を持っていたわけである。
そのインスタレーションは小さなサイズの写真プリントの裏にミラーを貼り付け、表裏両面で見せるかたちとしモビールのように天井部から多数吊り下げるというもの。鮮烈だった卒展作品とは受ける印象は違ったが、今展では4枚の写真プリントから成る「In my grandfather's arm」と題した未発表作品(2023年制作)を同時展示しており、インスタレーションというよりはこの2作品から伝えたいということなのだろう。
その4枚はフィルムを使っての撮影で紙に自らプリント。紙は額装などせずに長めの虫ピンを用い、撓みが出るように壁面に直接取り付けている。 一見逆説的であるがそうした紙だとか白黒のモノクロプリントとかに、綺麗な“色”を感じた。

「いるね、いたね。」展


長岡造形大学卒業生2人と同大大学院生の2人、大学での同期4人による展覧会。DMに会場名として「武田ビル」とだけあり、初めて聞く名だからと興味深々行ったところ、かつて営業していた古美術店を居抜きのように活用していた。なかなかセンスがいい。作品は絵画、木彫、鍛金による彫刻。

木彫を出されたかたが受付をしていた。作品は小型犬をモデルに、人間の身長くらいにまで巨大化して仕立てた大型彫刻。その大きさから卒業制作の作品かなと思ったらやはりそうだった。
後から(自宅に帰ってから)考えたのは、作品の見え方は卒展時のそれと今回と、相当異なるのだろうなということ。卒展会場の大学キャンパスは(自ら意図して狭い物置みたいなところを展示場所に選ぶのでなければ)天井高のあるスペースで、一方こちらの天井はふつうに低く、かつての古美術店らしさもちょっと醸し出しながらの小さな空間。巨大化させた作品は感覚的にはそれをデフォルメするようにより大きく見えてくるはずで、しかも入口の真ん前に鎮座させる佇まいだしねと、作品(モノ)と場との関係の面白さを考えてみたわけだ。

新作至上主義というものがあるけれど、新しく「モノ」を「作る」だけではなくて、場との関係でまた違った“作品”にと変貌することは時にある。
下の画像はDMと、会場で渡されたチラシ。裏面に作者コメントが記されていた。
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いるね、いたね。
会期:11月17日(金)~19日(日)、23日(木・祝)~26日(日)
会場:武田ビル(1階)/長岡市城内町3-5-14
出展:諏佐あかり、谷原有咲、廣田わかな、田中真悠子

巳巳個展 「なぜ私ではないものが考えているのか」/gallery newroll

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巳巳個展 「なぜ私ではないものが考えているのか」 から



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巳巳個展 「なぜ私ではないものが考えているのか」に先日行って来たので同展に関し。
会場のgallery newrollは中之条ビエンナーレを契機にこの地に移住した彫刻家・西島雄志氏によるアーティストランスペース。築60年ほどの2階建て木造民家を改装、入口脇に小さなカフェカウンターがある他はほぼギャラリー空間(個展空間)に充てられている。
1階には今年制作の新作“絵画”がシリーズとしてけっこうな数が並べられ、冒頭のその作品群にまず目を見張られる。いま“絵画”と書いたけれど絵画は描くものだとするならば、手法が特殊で必ずしも「(作家たる“私”が意識的に)描いた」とは言えないこれらは、本人的には絵画ではないのかもしれない。でもそうでありながら視覚に訴える絵画の直截的な綺麗さをあわせ持ち、逆に新鮮に思えた次第。

全体的な展示構成としてはこの新作シリーズのほか、2015年発表の「ぬか漬けされた資本論」など過去の作品がいくつか並ぶ。過去作品と言っても作家自身が「今回は過去の作品も交え、巳巳という人間/現象の全体像をお見せする展示にしたい」と言うように、そこには現在たる視点が含まれる。
ぬか漬けされた資本論」はタイトル通り資本論を糠に漬けたというもので、昨年のギャラリー湯山「巳巳展×外山文彦展」の着想のきっかけにもなっていた作品だが、ここでは作品そのものを見せるのではなく、むしろ見せずに現在の姿(2015年の発表以降、木箱に密封し新たな糠床のもとに梱包され続けている)を呈示した。内部で発酵も進んでいるだろう現在の作品状態は(開けられてないので作家たる“私”自身にも)わからず、ただ置かれただけの木箱はいま時点への、見えないものに対する想像力を刺激させる。
過去作品への現在の視点ということでは、2階にある二間(全室)をつないだ空間でのインスタレーション「永遠の思考」も同様。 素材の「28年間食べて溜めた、卵の殻の中の薄皮」は昨年のギャラリー湯山でも使われていてそれと同一(※より正確に言えばその後の1年分の薄皮は加わっている)だけれど、昨年は「地域に伝承される、地域のために昔殉死した杢兵衛という若者への手向け」としての設置で、その意味は異なっていた。2015年中之条ビエンナーレでの作品は私は後から写真で見せてもらったのみではあるが、今回、場である古い民家の特徴的な佇まいを巧みに、(意識するにしろあるいは無意識にしろ)自然に取り込むさまがとても面白く、端正なインスタレーションとして新しさにつながっているよう。

巳巳氏から「写真に撮ってもよい。SNSにあげてもよい」とあったものだから、一番上にこのインスタレーションの光景を一枚掲げた。言葉で注釈を加えるならばカメラの画角の問題で作品の全体像は写せておらず、空間作品であるのにカメラ背後は当然ながらカットされている。その背後も作品として重要なのだがそこまで写り込んでない(=作品の一部に留まっている)ことは特記しておきたい。

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道路際の拝み看板を撮る際、自分の影も加えてみたのは余談。

3通の手紙なる版画展

北長岡駅近くに長岡造形大の卒業生3名が昨年“版画プリントスタジオ”を開設していて、メンバーによる「3通の手紙」と題した版画展(DMによると、小さな作品を集めた3人展)が開催されるというので行ってみた。

3通の手紙 /5月4日~6日/会場:print room 手紙

ポストカードサイズの展示案内(DM)はショッキングピンクと紫の2色刷りで、インクののり方とか刷り味はどうみても通常使われるオフセット印刷のそれではないから、てっきり自身らがシルクスクリーンで摺ったのかとばかり思っていた。刷り味は30年くらい前に一世を風靡した御家庭用簡易印刷機「プリントゴッコ」を彷彿させ、その印刷原理から特色2色(2版)のシルクスクリーンプリントと思ったのだったが、聞いたら違っていた。リソグラフによる外注印刷というから、まぁ当たらずとも遠からずかもしれない。

スペースはかつての時計店を使っていて、壁面に遺されている“括り付けのショーケース”はちょっと特殊な形態でよくよく見るに面白く、聞いてみたら「この形状だと商品を飾りやすい」と専門店ならではの工夫があったんですよと説明を受けた。メンバーのひとり星野優菜さんはその壁面ショーケースに、既設の小さな部品をも活かすかのように小さなモノタイプの版作品数点を置き、全体で「ウォッチ」とタイトルを付ける。“場”を生かす風情で、興味深く見えた次第。

なぜそこに“たばこ”屋が - 長岡造形大学2023年卒業・修了研究展

この週末、金~日曜の3日間は、額工房との打ち合わせだとか事前に入っていた予定の他にも、急ぎのものとかなんだかんだと急に入り込み、金曜から始まっていた長岡造形大学の卒展に行けないでいた。で、“最終日は午後1時終了”とアナウンスされる本日最終日にいそいそと行ってきた。

情報紙に長岡造形大関連の記事を書いていたときは卒展を数日かけて観る(取材する)こともあったけれど、今回は特に時間も限られているし、ある程度サっと見るつもりで入ったが、まず入口冒頭の院生(光延咲良さん)の作品に引っかかる。
金属板を溶接し箱状に連続させて長く構成したものを、入口ホール(屋内)とホール手前の屋外に対称させるように置く。屋外のほうは雪に埋めたのではなくて、設置だけは2週間ほど前にしていて、その後の降雪によって自然に隠れていく(日々変化していく、あるいは豪雪になれば完全に埋まりながらも雪が梱包する微細な“かたち”で存在をアピールする)ことを狙ったようだ。ちょうど作者のかたが作品近辺に居て、その佇まいがひじょうによかったこともあってつい声を掛けてしまったら、私が3年前に企画した鉄彫刻展に来場されていたかたとわかり、要は初っ端の第一作品から時間を費やしたわけである。
そのすぐ隣の比較的広いギャラリースペースでは、監視員当番をしていた学生が昨年ボントーンに作品を展示した学生(藤森ゆうかさん)で、またそこでも作品説明を丁寧に受けたりで話が弾む。藤森さんは七宝作品で、作品そのものも綺麗なのだが、背景となるコンクリート打ちっ放し壁を巧みに生かした「展示」の綺麗さも秀逸。小さい作品でさりげなくおさめているから一般には気づかれ辛い部分だが、展示経験の多い人が見ると(難しさを知っているから)ちょっと驚く。

サっと見るつもりがそんなかんなで最初から時間かかっていたが、きわめつけが標題にも入れた「なぜそこに“たばこ”屋が」である。長い廊下にそれぞれの研究のパネルが展示されるなか、上の画像のように設置されたタバコ屋恒例袖看板には、たばこ“屋”の観察マニアとしてはもう当然のように、遠方からでも「あれはなんだ!!」「なぜそこに?!!」と反応する。
街角のたばこ屋さんを訪ねて-たばこショーケースの意匠と地域性に関する研究-」(柳珠実さん)で、建築・環境デザイン学科の「環境計画保存コース」での研究となるようだ。私にはドツボで、たばこ屋観察が大学の卒論になったのねと感慨深く、そこに置かれた論文と、論文よりも分厚くまとめられた「付録」の写真記録集も拝見したわけだ。
論文にはたいてい末尾に参考文献一覧が記される。かつて博士課程の研究論文に私がマイスキップに書いた現代美術の記事が(特に事前に知らず)参考文献等に記されていたことがあったなと思い出し、マイスキップ2018年4月号の企画特集で私の書いた「街角のタバコ屋を巡る」が今回も出てきたらどうしようと思ったけれど、要らぬ心配。そんなものは出るわけはない。
自宅に戻り当該2018年4月号の記事をみたら、なんだかエッセイを気取り過ぎていて(いま読むと)どうもよろしくない文章で、研究論文とはえらく違い過ぎる。でも柳さんの撮った写真と私のそれと、同じところを狙ったものもけっこうあって、やっぱり鳥越商店の店頭ショーケースにはいくよねーなんて言いながら面白がっている。

下の画像は冒頭に書いた、雪自体も要素に組み入れて対称展示した屋外作品。
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[後日談(雑談の追記)]2023-03-12 タバコ屋研究その後

田中幸男展と佐藤昭久展/長岡での二展


長岡市内で開催されている二展を昨日は廻る。長岡駅からは両展ギリギリ徒歩圏内であろうか、maison de たびのそら屋での「田中幸男個展」とギャラリー沙蔵での「佐藤昭久個展-時の記憶-」。まず掲げた画像は田中幸男展のほう。
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キャンヴァスにアクリル絵具でのいわゆる平面絵画も飾られているが、幾何学でいう三角錐の集まりによるレリーフ作品があって目がとまる。このギャラリーでの前回の氏の個展(2019年)の際、レビューというよりも単なる感想みたいなところではあるが数学について記していたことを思い出した。

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佐藤昭久展は、ここ15年間くらいに出展した展覧会(主には「戦争と平和展」「国際メールアート展」といったテーマ展)の作品を1階空間に並べ、「時の瓶詰め」と称し作家コレクションの如く瓶に入れられた“もの”と含め、タイトルにもなる「時の記憶」というテーマが浮かびあがる。
氏は私の認識では「絵画」を追求する作家であり、作家自身もやはりそのように言った。その意味では会場に立体作品が多いことに気づくが、テーマ展が大きな空間で与えられたときには立体を手掛けることもあり、その(15年くらいの)蓄積 を面白くみるわけだ。ちなみにここ15年くらいの作品ということではちょうど10年前に氏の個展の展評を新潟日報紙に寄稿したことがある。田中展と同様に、観ていたら過去の記憶が頭に浮かんだ。
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↑は2019年ギャラリー湯山「国際メールアート展」に出展された作品で、図抜けた傑作と思う。鯨を描いた絵を(粗紐でくくっただけで絵が見える状態のままに)郵送したメール・アートは作家居住地の魚沼市湯之谷からまず中国(の協力者宛て)に送られ、そこから上越市の展覧会事務局に向けて郵送搬入している。片面には魚沼→中国の宛名に切手と薄緑色の税関告知書が貼られていて、裏面を見ると中国→上越への宛名と(当然だけれど中国の、意外とカラフルな)切手。つまりこの1枚両面それぞれにはメールの行為や記録をも残していて、かように海を渡った“鯨”はメールアートとして完結している。
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実際これをやろうとしたときに、中国の郵便当局に対してこの行為はアートであること、どういうアートなのかその目的と意味の説明文書を作ったりなど苦慮があったと、在廊していた作家から説明を受けた。作品内にはうつらない背景だったり苦心があるようでそこも興味深いところ。また2階の喫茶室では今年制作の和紙+油彩による小作品群の展観。


田中幸男展/10月15日~23日、maison de たびのそら屋
佐藤昭久展/10月21日~25日、ギャラリー沙蔵

押入れ百貨展

押入れ百貨展に行く。
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会場の「旧廣盛酒造」の外観をまず載せたが、廣盛酒造とは明治18(1885)年創業の蔵元。近年まで日本酒が造られていたが酒造としての役割を終え、そのあとリノベーションされたと観光協会のサイトに出ていて、まずそうした会場特性に対して興味を抱くわけなのだが、最近知り合ったDamaDamTalのお二人が新プロジェクトとして昨年始動させた「体感展企画室」が​本展の企画と主催をしており、そのキュレーションにも興味をひかれた。

参加アーティスト
アーサー ファン/CLEMOMO/DamaDamTal/春田美咲/半谷学/山口諒/
Jun Futamata/SUPER-NATSUKI-TAMURA

展覧会の特設ウェブサイトには参加アーティスト8作家がこのように記されているが最後の2作家はパフォーマンスによる参加で、いわゆる作品を“展示”しているのは6作家。ちなみに書けばCLEMOMOとDamaDamTalはユニットで活動されているので6作家=6人ということではない。
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会場で渡された案内図には、建物の1階と2階および敷地内別館を使っての6作家の作品配置が簡潔に記されている。整然と部屋が並んでいるように見えるものの、元々が日本酒醸造所だから濃緑色の大きな古いタンクが点在していたり(聞いたら相当に古いものが遺されているらしい)、2階の「5」は麹造り用の特別な部屋だったのではないかと見え、金庫室のような厳重な扉に前室がつき中は天井高が低く木の壁で区画された異質な空間。醸造所のさまざまな当初用途に合わせて形成された空間はだから一様ではなく、さらに床下ピット的な半地下の小スペースを使っていたり、また1階の「2」と「3」はつながっているようにみえるが建築物としては別棟で、「2」はその緩衝帯のような狭く細長いスペース(↓)。おまけに擁壁みたいなものも鎮座する。

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それぞれのゾーンの空間特性の異なりは、すなわちキュレーションの妙。なかなか愉しい。
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建築的な写真がなんだか多いようだが、観覧中、現わしになっていた屋根の小屋組もつい撮っていたのでそちらも。
展示作品のほうも(撮影OKですよという言葉とともに)撮らせてもらったが、そうそううまくいかない。下の2枚はDamaDamTalさんの「しかばね百貨店」と題されたインスタレーションで、過去の個展や公演のチラシを紙粘土化し石のように丸めたものが多数敷き並べられ、他、素材は“捨てられていたもの”“不用とされていたもの”。面白く好きな作品なのだが、そうした“面白さ”は写真では伝わらないようで。
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インスタ映えがするだろうと思われたCLEMOMOさんの作品は、面白い写真が撮れたものの他の一般来場者女性お二人の後ろ姿が入り込み(大空間を大胆に使った来場者参加型の作品と言え、顔が写りこまないように人物を入れたのは意図的ではあったのだけれど)、アップするのを躊躇した。


押入れ百貨展/ 7月17日~31日/会場:旧廣盛酒造(群馬県吾妻郡中之条町)
https://www.taikanten.com/oshiire
入場料:無料(ただし金曜・土曜・日曜祝日の17:00~19:00は展覧会全域が催し物会場となり入場料1000円が必要)/主催:体感展企画室

2022.07.30 blog/後日談および「しかばね百貨店への追記」

越後妻有国際メールアート展

越後妻有国際メールアート展開催中のギャラリー湯山に行ったと先週記していたが、そのblogは来年の展覧会の打ち合わせだとか帰路に図書館に寄っただとかで、メールアート展については写真を撮ってはいたのに(なんだかんだとずっと忙しい感じで書く時間をとらずにいたら)アップせずにそのままだった。
ということで同展からまず2枚ほど。下のほうは出品作家のかたから提供の1枚である。

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越後妻有国際メールアート展
会期:2021年7月24日(土)~10月31日(日)、土曜・日曜・祝日のみ開館
会場:ギャラリー湯山/新潟県十日町市湯山446
入場料:300円、小・中学生 150円

40か国400名を超える作家から寄せられた約800点の作品が展示されており、郵送されてきた“作品としてのハガキ”などが見ての通り壁一面に貼られて圧巻である。

作品は絵やメッセージの郵送だけでなく、メールアートということでは、郵便の「制度」の問題や特性のほうに焦点をあてた表現や、他者の手を介して「届けられる」こと自体を作品化したものもあり興味を魅かれた。 またそうした多様さの中で、おそらく“自由部門”の出品と思われるが「メールアート」という言葉から発想をとばし、作家自身の過去の個展の案内DM(いわゆるメール=郵送物)を素材に選んだ立体が目に入る。彫刻家・霜鳥健二さんの制作で、過去のDMが立方体の箱状に再構成されている。“メール”のほうから作品に仕立てたことには視点を反転させた面白さがあるよねとそんなことを感じつつ、こちらは作者の許可を得たから画像を載せてみる。
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作品を見ていたら、素材となった「案内ハガキ」の中、「Zen」の文字が大きくある1枚に気付いた。1999年の、もう二十年以上前に私のところでおこなった霜鳥健二彫刻展のもので、突然現れた懐かしさに、その部分にピントを合わせて収めたわけだ。
そういえばその頃そのスペースで、たしか2000年開催の「第1回ハイド現代美術展」だったと思うけれど、私自身も自分の個展の(展覧会終了後の)余ったDMハガキの再構成による作品を作って出展していた。 懐かしさが懐かしさを呼び込みそんなことまで思い出したが、当該作品は一部が倉庫にあって個人的お気に入りではあるものの、ハガキを糊で付けての20年前の紙作品は保存状態がよろしくなく、とても写真におさめられない。

Witness for the Prosecution - さらに検察側の証人


Witness for the Prosecution [Blu-ray] [Import]

録画していた英BBC制作版「検察側の証人」の後編をようやく観た。
一週間前に「またも検察側の証人」と書いたからそれ以上blogにする気はなかったけれど、前編の陰鬱なムードは後編でさらに拍車がかかり、なんだこれはという感じだったものだから、「さらに検察側の証人」と記すことにした。岡本太郎が「なんだこれは」と言うといい意味の驚きになるけれど、こちらは、うーんちょっとこれはあまりにもというネガティブなほう。アマゾンにこの英BBC版が輸入盤ブルーレイで出ていたので上に貼ってみたが、英国のひとはこうした雰囲気を好むのかしらとちょっと見たところ、英文のレビューにも酷評が目立っていた。

当日のテレビ欄に記されていたキャッチコピー「まさかの結末」は(映画版での結末を知っていたものにも)たしかに「まさか」だったけれど、よく出来た推理小説のいわゆる知的興奮を覚える「まさか」とは相当異種なもの。結局、結論としては、このドラマは推理モノとか法廷劇とかと考えちゃいけなくて、人間の心の歪みとか闇とかを抉り取るように人物を描く、そうしたドラマだと受け取るべきなのだろう。いくら改定されるにしても本質は良質なミステリーだろうと期待していたものだから、私には大きく期待外れのまさかであった。
1957年の映画版では脇役だったある人物は前編で妙に存在感持たせ、まるで真犯人とミスリードさせるかのように描かれていたからその理由が(オリジナルストーリーとして)後編に出てくるとは予想していたが、まさか冤罪で処刑され、そのシーンまで出てくるとは思わなかった。映画版には登場しないキャラクターの猫ちゃん(被害者の飼い猫)はまさかの溺死をさせられ、後編で明かされる弁護士のこともまさかのドロドロ。後味が悪く、終わり間際に「なんだかこれってぜんぶドロドロだね」とつい呟いたら、主人公のその弁護士がドロの中を歩くラストシーンがちょうど出てきた。うーん。
ビリー・ワイルダーの1957年の映画は名作なだけに、残念。

つまり検察側の証人

  


アガサ・クリスティの戯曲「検察側の証人」を原作とする映画「情婦」が面白いと聞いていたので、BSでの放映を録画していた。放送はもうだいぶ前のことでたしか昨年だったか、BDに入れたはいいがそのまま置きっぱなしだったのをようやく視聴。なるほどこれはよく出来ていて、すこぶる面白い映画だった。映画の原題はWitness for the Prosecutionで、つまり検察側の証人。クリスティの原作と同じである。

1957年アメリカ映画で、脚本・監督はビリー・ワイルダー。大雑把なあらすじを書くと、ある男が殺人の容疑で逮捕されての法廷劇で、犯行時刻には既に自宅に帰っていたという当人のアリバイを証明できるのは妻だけなのだが、その妻はなぜか謎めいていて、本来ならば(無実を訴える側としての)弁護側の証人のはずが逆に(有罪を立証するための)検察側の証人として出廷してきた、という話。だから原題の「検察側の証人」は反転が効いていてそこに意味も内包する。 シンプルかつストレートないい題だけに「情婦」なる邦題は気に入らないところで、内容を勘違いさせそうなだけでなく別な方向へのストレートが過ぎ、なんでこんなタイトルに改変したのかと思うことしきりである。
物語は、男を弁護することになる老弁護士(チャールズ・ロートン)の視点で進む。病院から退院したばかりで、体調を危惧する口喧しい付き添い看護婦(エルザ・ランチェスター)とのやりとりがコミカルで絶妙と思ったら、この二人は実生活でご夫婦なのだとのこと。

さて、ネタバレは書かないようにと思うけれど、例えばミステリー本の裏表紙に「クリスティを彷彿させる傑作」だと紹介PRがあるだけで「はは~ん、●●のあのパターンかね」と見当をつけてしまう人もいるから、なかなか難しい。でも、もう名作に分類される60年以上も前の作品だからと一言だけ書くと、結末のドンデン返しが圧巻である。細かく書かずとにかく圧巻とだけにしておくが、エンドロールには「この結末は口外するな」と流れてくる。それも納得なほど。

ナイブズ・アウト

        

昨年全米で大ヒットした映画「ナイブズ・アウト」がとても面白いと聞き、DVDで見てみた。日本語版には「名探偵と刃の館の秘密」とサブタイトルが付けられ、そこからもわかる通りいわゆる探偵・推理モノ。you tubeに出ていた映画の予告編を見ると、予告だからそう作るんだろうけども、なかなか期待させるつくり。

■映画『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』予告編:
https://www.youtube.com/watch?v=L7IzrgeTWbE

推理モノの場合、大きくタイプで分けるとフーダニット(誰が犯人か?)物と倒叙物との二つがある。フーダニットは大勢の登場人物の中から「あなたが犯人だ!」と探偵が告げてクライマックスを迎えるのに対し、刑事コロンボや、それへのオマージュで制作された古畑任三郎で代表される倒叙物のほうは最初に犯人と犯行トリックが明示されるから、犯人は誰かといった興味はそもそもなく、醍醐味はいかに探偵役が真相に迫るかという点になる。
と一般論を示したところでいちおう記しておくと、ネタバレにならない程度にまぁここまでなら大丈夫ではということで以下書くことにするが、フーダニットか倒叙物かといった構成面の妙にも触れるから、これから観るつもりで一切合切事前情報NGのかたは読みすすめずここで留めていてください。

ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密 [DVD]




で、二つのパターンのうちこの「ナイブズ・アウト」はどちらなのかというと、舞台となる洋館に集まった家族はそれぞれ怪しさ満点で、クローズドサークルの正統派推理小説の如くフーダニットの装いでスタートするからてっきりそうだとばかり見出したら、途中でいきなり倒叙式にと変わり、犯人と犯行のあらまし、トリックが事件当夜の出来事として再現呈示される。序盤での突然の犯人呈示に驚くけれど、また再現映像だからそこには嘘はないだろうけれど、でも見えないところに何かおかしいところあるよねと謎を残しながらの進行で、最後に一捻りありそうだと予感させる。当然一捻りあって結末を迎えるのだが、つまりはフーダニットと倒叙物とがミックスされた新しいパターンとなるだろうか。ついでに書けば、カーチェイスといったサスペンス要素もミックスされる。

テンポがとにかくいいから楽しめる。とかく推理モノは、特にフーダニットの場合は登場人物の設定や背景を人数分示さなくてはならず、しかも(犯罪と無関係のひとも)怪しそうにそれらしく描写するから事件発生前の前段の時間が長くて閉口することがあるが、その点の処理は実にうまいと思う。映画冒頭でもう亡くなっていて「自殺か他殺か」の事件性を問うところから始まり、そう苦労せずに話に入っていける。

これはコロンボとか、三谷幸喜の古畑任三郎が好きな人だとより嵌るだろうななんて思いながら見ていると、登場人物のひとり、重要な役どころである女性看護師は「嘘をつくとゲロを吐く」という体質であると明らかにされる。つまり彼女は嘘がつけず、あるいは嘘を言っても(視聴者にも劇中の探偵にも)バレてしまうという設定である。最初のうちに明示される設定だから(ネタバレというより)物語の前提で、三谷幸喜好きはまた更に嵌りそうだけれど、氏がやりそうなコメディみたいだ。

広告には「100%予測不可能! ネタバレ厳禁!!!」と、ネタバレ厳禁にびっくりマークが3つも付くが、結論から言えば、100%予測不可能ってのはちょっと盛ってるなという印象。 楽しめる一方で、例えばミステリーマニアだとある程度の予測はつきそうな気も、しないではない。まぁでもそれはネガテイブに捉えることでもなく、ここではエンターテイメントとして「楽しめる」ことが肝要なのだろう。

実をいえば物語の途中のシーンで「ん?でもあれは?」となんとはなしに思ったことがあって、あることがちょっと頭の隅にひっかかっていた。ひっかかりといってもテンポのよい展開の前にほぼスルーして見ていたのだが、最後の最後で解決につながる伏線だったとわかった。それは何と書くと完全ネタバレだから書かないけれど、うまくできているもので。

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プロフィール

長岡市在住,アトリエZen主宰。
美術作家。同アトリエをベースにアートイベントの企画・コーディネートにたずさわっています。また、長岡で発行している地域情報誌「マイスキップ」の編集にも関わっています。
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