生誕100年 ジャクソン・ポロック展
会期:2月10日~5月6日
会場:
東京国立近代美術館
http://pollock100.com/
ポロックがきている。
会場が国立「近代」美術館と聞いて、ポロックも近代美術になったのかと一瞬思ってしまったが、他国とは違い、国立の「現代」美術館は日本には無いということに気付いた。
いま東京での展示関係の仕事依頼がきており、これが順調に進めば上京する機会も増えるから、観に行けそうかとは思っている。
新国立のセザンヌも観たいんだけどね。
長岡小嶋屋CoCoLo長岡店、
配管工事の続報です。
今日お店に行き様子を見てきましたが、復旧(再オープン)には少し時間がかかり、3月10日頃になりそうです。
そのあとカフェギャラリーFATOにも立ち寄ったので、そちらの写真を下に。
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フェイツコレクションpart2 - 小山まさえ・戸川淳子・中田歩展
展示作品リスト
「生きづらさ」を生きる、と冠した雨宮処凛さんのエッセイが、新潟日報紙に時々掲載されているが、24日(金)の紙面で『福島の「内部分裂」』について書かれていた。いつもながら、雨宮さんはうまく(わかりやすく)書けるものだと思いながら読んでいた。
原発事故による「補償」金をめぐっての不公平感が福島のなかで充満しているとのこと。原発近くから(福島県内の他市へ)避難してきた人々が補償金を手にして(放射線量も少なくないのに補償金はそれほど出ないその都市で)酒やパチンコを楽しんでいると批判する地元タクシー運転手の声があるそうな。事業をしていた人にはいくら入ったとか、「だけど○○さんは少なかった」とか、「お金」をめぐって損得のうわさが駆け巡り、多くの人が疑心暗鬼のなかにいるらしい。画像は小さくて見づらいので、肝要なその結びのところだけ引用しておくと、
憎むべきは、「得をしてるっぽい近くの誰か」では決してない。原発という必ず犠牲を必要とするシステムや、それに絡むさまざまな利権、誰も責任を取ろうとしない構図。問題の大本から決して、目をそらしてはいけないと思うのだ。
とある。
この最後の締めは、流石だと思う。
ここからさらにもっと言ってしまえば、利権にあずかっている人たちは「問題の大本から目をそらさせたい」と考えたいから(私がその立場だったらそう思うから)、逆にいえば「憎むべき“誰か”」をかませ犬のように仮想敵に仕立てれば都合がよいことになる。だから最近気になっているのだけど、「東電が悪い!」となんでもかんでも東電の一言で済ませたりするのはちょっと注意が必要のよう。 なんでもかんでも「(放射線に神経質なひとの)風評」に置き換えてしまうのもそうだけど。
SunDay Jump!
会期:2月26日(日)only/ 14:00~20:00
会場:音楽食堂 【長岡市】
長岡造形大を卒業したばかりのKさんがライブ音楽に自身の写真展示などを交えたイベント(SunDay Jump!)をやると聞いて、2003年に長岡造形大生がおこなった「アートと音楽の」イベントを思い出した。双方のイベントにはそもそも関係などなく、形態も相当異なるはずなのだが、音楽とアートだとか、長岡造形大だとか、会場がともに長岡駅にほど近い地下だとか、同じキーワードが散見されるからかもしれないし、あるいはなにか通ずる「におい」みたいなものがあるからなのか。
まぁそれはともかくとして、2003年のときは、作品がいいとか悪いとかそういうことではないところで意味があると思ったから、新潟日報紙に美術時評としてレビューも書いている。思い出しついでに古いスクラップファイルまで取り出してきたから、以下、少し転載して。
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美術時評
アングラな魅力十分 長岡造形大生ら/音楽とアートの祭典
2003年3月26日、新潟日報文化欄
長岡造形大学の現役学生が主催し、長岡駅近くのホールやライブハウスなど三会場で「音楽とアートの祭典 SOCO ROCK SWEET ART FESTIVAL 2003」と銘打った意欲的なグループ展が3月17日から3日間開催された。
アート展示の主会場となった“ながおか市民センター”は、閉店したスーパーを改装した場所。その地下をさらにイベントホール化したのだが、改装にコストをかけてないので以前の面影も若干残している。本展では会場がおのずと持つ廃墟ともいうべき磁力を利用して「倉庫のような」展示空間を構成しており、新鮮な魅力を演出していた。
出展者は長岡造形大の学生やOBのほか市内在住の同年代のクリエイターなど。照明をおとした薄暗い地下空間、細かく区切られたブースの中でイラストや絵画など個々の小作品が並ぶほか、金属工芸を専攻する学生による大型の鋳金のオブジェや映像作品がうかびあがり、その空間はまさにアングラな魅力に溢れていた。
ただ「個」を見るとアートとして
……
と続くのだが、以下は省略。
ただ、書きながら気付いたのですが、文中の「廃墟」という言葉がいま読むとちょっとわかりづらいかも。なので念のため追記しておくと、この展覧会の少し前に、それまで使われていなかった地下が「イベントホール」という名称にたしかなったのですが、まだほとんど誰も使わず(使えず?)、下見に行っても「えっ、これで展示場なの?(昔のそのままじゃん)」という感じでした。今でこそいろいろ使われるようになったので(そういえば、
マイスキップ100号記念展もここでした)今はそうも思わないのでしょうが。

おまけ(廃墟という感じは今はしないイベントホール)
高校生の田中翠恵さんの作品展示がなされていると案内をいただいたので、“まちなかキャンパス”に。会場は大手通りに新しく出来た「フェニックス大手イースト」の4階、広くて明るい自習(?)スペースの一角にある展示コーナー。行ったのは平日の夕方で、そもそもキャンパスというくらいだからか、勉強する高校生たちが沢山いた。
作品展には小学生のときに描いた油絵も展示されていて興味をそそられた。一見わかりやすそうな最近の作風よりも個人的には「わかる」感じがしたからアートというのは面白いところ。市内企業のポスターに使われるなど活躍の場が広がっているのはなにより。
田中翠恵展inまちキャン
会期:2月13日~25日
会場:まちなかキャンパス長岡
アート展示をしている長岡小嶋屋CoCoLo長岡店ですが、床下で建物の水道管関係のトラブルが見つかったため、床をドリルで掘り修復中です。
現在そのため店の営業が出来ない状態になっております。復旧は少し先になりそう(今月中は無理そう)ですので、展示中の「
渡辺亮一展」については予定会期を数日残してはいますが、終了とさせていただきました。3月1日からとしていた
次の「外山文彦展」については復旧後のスタートとなりますので、始まりましたら本ブログにて再度お知らせしたいと思います。
予定していたかたには申し訳ありませんが、建物設備の突然のアクシデントということですので、ご了解をお願いいたします。

100%と言えばオレンジジュースかそれとも“勇気”かと、即座に頭に浮かんでしまったのだが、ここでの100%はセザンヌである。展覧会のキャッチコピーはそのまま“100%”、だそうな。
現存作品数の極端に少ないフェルメールなどは「フェルメール展」とうたっていても本人より「周辺の画家」の作品が多かったりするし、巨匠画家の大規模展でも同時代画家の作品などを交えて紹介することはままある。だが、ここでは出品作品全てがセザンヌということで、じゃあそれをそのままストレートに売り出してキャッチコピーに、というわけなのだそうだ。
世界8カ国の約40の美術館から作品を集めての、「過去最大級」のセザンヌ展となるらしい。国立新美術館開館5周年記念展。
国立新美術館開館5周年
セザンヌ展
―パリとプロヴァンス―
“Cézanne.Paris-Provence”
会期:3月28日(水)〜 6月11日(月)
/毎週火曜日休館(ただし5月1日は開館)
会場:国立新美術館