藤波心 メッセージ&ふるさと アカペラ独唱
内容書き出しはこちら(Ki-koさん)↓
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藤波心さんについては、ブログで原子力撤廃を訴えた中学生タレントがいる、という程度でしか知らなかったが、動画をちょうど見つけたので(1週遅れではあるが)掲げてみた。
試しにウィキペディアを見たら、“中学生なのにしっかり自己を持っている”という賛同意見が多いそうな。まぁウィキだから、どこをどう調査して書いてあるのかはよくわからないが、たしかにしっかり発言しているから、そう思う気持ちもわからなくもない。でも、この「中学生なのに(しっかりしている)」という言われ方には、ちょっと違和感がある。
自分自身の遠い昔を振り返ってみてもたぶんそうなのだけど、中学生であればかなりの判断ができるはずだし、意識の高い子もいるだろう。なによりも今後永遠に続く“放射線障害との戦い”のなかでは大人よりも断然に被害を受けやすく、ただ「生きること」でさえも、深刻さは比較にならないことはわかっているわけだから。だから、“中学生なのに”では決してなく、むしろ“中学生だからこそ”なのではないか、そんなことを考えていた。
こうした中学生(こどもたち)の声は全国紙などではなかなか報じられない。しかし、おそらくは多くあるはずで、例えばジャーナリストの田中龍作氏は、「福島の子供が疎開求め政府と交渉」という動きを氏のウェブサイトで報じている。
これを読んでもらうとわかるが、問題は、(放射線被害を大きく受ける)子どもたちの質問に対して(放射線の影響をそれほどは受けないと予想される年齢の)役人たちはまともに答えようとせず、かつ、答えにならないその場しのぎの官僚的答弁、つまりは面倒な責任を負わされないようただ逃げているだけであること。田中氏は「マイク押し付け合い回答避ける官僚たちのお粗末」と書いているが、要は次世代に対する責任感なんてものはどこにもない。こんなの見てると、藤波さんが「日本ってこんな国だったんだ」と言うのもよくわかるわけである。
藤波さんのメッセージはまことにその通りだと思う。中学生だからこその「当事者意識」もたぶんにあるだろう。その真摯な訴えに対し、政治家にしろ官僚にしろ東電にしろマスコミにしろ御用学者にしろ、どう応えるのか。まともには答えられないから無視ということではあまりに悲しい。
で、下は数日前(16日付)の新潟日報紙。

原子力安全規制のトップ2人の、国会の事故調査委員会での発言を報じた記事である。
見出しには「希薄な当事者意識」とあり、たしかにそれはそうなんだけれど、ちょっとアイロニカルに「このかた個人は放射線被害を受けるか」という点で考えれば、おそらく「当事者」ではなさそうだ。御歳を想像するに直接の健康被害はまず出ないだろうから。だから無責任のままでもいられるし、当事者意識が希薄でも大丈夫なのだという皮肉も成り立つ。
この発言については、新潟日報紙はそれでも大きく報じたほうだが、原子力ムラ的には都合が悪いことのようで、いくつか見た全国紙では扱いが小さく、内容もわかりづらいものだった。田中龍作ジャーナルでわかりやすくまとめられているので、詳しくはこちらを。
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